番外編・サクラ待ち

春っていうのはやってくるだけで人を暖かく包み込んでくれるから不思議だ。

なんだか魔法にでもかかったかのようにウキウキと心が弾む。
　

「きっと刻まれているのね。魂に。」
そんな俺の心を見透かしたかのように姉ちゃんは言った。
　

「魂に？」
こくりと頷くと、姉ちゃんは居間に差し込む朝日を眩しそうに見つめた。
　

「何百何千という時代（とき）の中でいくつもの春が巡り、出会い、別れ、積み重ねられた想いは

魂へと刻まれていく。だから懐かしいの。

桜を見るたび遠い昔の記憶が呼び起こされるような何とも言えない感覚になるのよね。

なんか・・・切なくってさ。それもきっと魂の記憶なのね。」
俺は首をひねった。姉ちゃんの感覚は難しいと思うんだ。言葉じゃなくて感覚が。

言葉の意味は大体理解できるけど、それがどういうものかが今イチ判らない。

　

――切ないとは何ぞや？
　

淋しいや悲しいとはちょっと違うらしい。姉ちゃんに聞くと、
「あんたはまだまだお子ちゃまね。」
笑い飛ばされた。何か悔しい。
　

楽しげに俺の頭をグリグリしてた姉ちゃんの手を払い除けると、真新しい星読学園のブレザーに腕を通した。

慣れないネクタイに悪戦苦闘しながら何とか身なりを整える。オレンジ色のネクタイなんて珍しいよな。

一学年上の姉ちゃんのタイはサーモンピンクだ。
　

毎年新入生のタイの色を決めているのは生徒会らしいのだが、今年度もタイの色について白熱した議論が

生徒会役員内で展開されたとか。
その結果のオレンジ。議論の内容が気になるとこだ。そんな呟きを耳にした姉ちゃんが奇妙な顔をした。

困ったような・・・あぁ、こういうのを苦笑いっていうのかな？
　

「内容は問題じゃあないわね。」
「じゃあ何が問題？」
「会長が発した言葉よ。議論なんて何の意味も成さなくなるわ。」
鶴の一声ってやつだ。
ちなみに姉ちゃんの時は、入学式に会長自身が壇上でタイの色について述べたらしい。
　

〜姉ちゃん的回想〜
　

壇上に立った青年は秀麗と言って良いほどの美貌の持ち主だった。透き通った白い肌につややかな黒髪。

彼が微笑んだ瞬間会場の誰もが心を奪われたであろう。姿に違わず美しい声が囁くように語りかけてきた。
　

「うん・・・やっぱり可愛いね。春めかしくて。サーモンピンクにして正解だ。」
一瞬何を言われたのか判らなかったが、美貌の会長に魅了されずにすんだ稀な少女がすっくと立ち上がった。

首席合格者であった浅黄優女史だ。
完璧にメイクされた派手な顔立ちを黒縁眼鏡が覆っている。

切れ長の鋭い光が静かな怒りを秘めて美貌の会長へと向けられていた。
　

「まさかそんなくだらない理由で決められたとは思いもよりませんでした。

では春が過ぎれば意味無いですね。サーモンピンク！！」

どうやら首席合格の才女はタイの色が心底お気に召さなかったらしい。
　

美貌の生徒会長様は、珍しい生きものでも見たかのようにマジマジと浅黄女史を見つめ、再び鮮やかに微笑んだ。
「大丈夫だよ。可愛い君によく似合っているからね。季節なんて些細な問題だよ。」
シーンと静まり返った会場内の温度が一気に引いていくのがわかった。握りこぶしを作り怒りに震える彼女に、

誰もが般若を見た。
　

「・・・では可愛いという言葉と無関係の人間はどうなんでしょうね。」
彼女は隣席の新入生男子を一瞥した。
　

おカッパ頭にビン底眼鏡が特徴的な彼は、視線を投げられ呆けた顔で浅黄女史の端正な横顔を見上げていた。

猫背のため丸まった背中から哀愁が感じられる。彼は後にべーちゃんの愛称で親しまれることになる人物である。
地味なべーちゃんの胸に鮮やかなピンク。
　

――なんてイタイ組み合わせ！！
　

しかし美貌の会長様は不思議そうに首を傾げるとこう仰った。
「彼はチャーミングだと思うけど？それにもみんなとっても可愛いよ？・・・フフ。」
　

神々しいまでの光を放つ壇上の麗人に浅黄女史までもが絶句した。
　

〜姉ちゃん的回想終了〜

　

「・・・今年もその人が？」
「そ。現会長閣下よ。」
ちなみにさっきの回想には続きがあり、生徒会長のとっても可愛いよ発言を聞いて姉ちゃんは一人大爆笑し、

親友である浅黄さんにすさまじい形相で睨み付けられたらしい。
　

「あぁまで言い切られちゃね〜。いっそ見事だよ。優ちゃんを絶句させる人に私は初めて出会った。」
変人奇人が多く集まる星読学園の中でも、その人達を束ねる生徒会長はその枠を突き抜けてるようだ。
　

何だか不安だなぁ。
眉間にシワを寄せて考え込んでいる俺の背中をポンと一つ叩き、姉ちゃんはお先に、と家を出た。
まぁ会長がどんなに変わった人であれ、関わらなければいいだけの話だ。

相手は最上級生なのだし、接点は何もないのだから。
　

自分にそう言い聞かせると、キッチンにいる母さんに声をかけ玄関のドアを開けた。
まだ若干寒さの残る空気に身震いする。自転車にまたがり俺は家を後にした。

　

自転車をこぎながら街路樹に目をやると、青々とした桜の木が風にゆれていた。

寒さの厳しい北海道では桜が咲くのはもうちょっと先のことだ。
早く咲かないかな〜なんてことをぼんやり考えながら自転車を走らせていると、

気が付けばもう星読学園の正門が見えてきた。
ドキドキしながら正門をくぐると辺りには、俺と同じ新入生達の明るいざわめきが満ちていた。

左腕に実行委員の腕章をつけた先輩方が新入生を誘導している姿も目に入った。
　

どうしようかと周囲の様子を見回した俺は、フラフラと中庭へと歩いていった。

木々の隙間からこぼれる木漏れ日を体に受けながら歩いていると、突然の突風に見舞われた。

ザァーっという音が去り、風にあおられた髪を撫でながら何気なく中庭の中央へと視線を向け、ハッと息を呑み動きを止めた。
　

桜の木があった。樹齢八十年はあろうかという大木だ。でも問題なのは木じゃない。

その木に寄り添うように女の子が立っていたんだ。
腰まであるポニーテールが風にゆれていた。桜の木に微笑む彼女はまるで木と会話をしているように俺には見えた。
俺がいることに気付いたらしく、彼女の瞳がこちらへと向けられる。
　

そして俺の姿を捉えると彼女は優しく微笑んだ。
　

まるで金縛りにでもあったかのように動けなくなった。指一本動かすこともできないまま、

彼女が去るまで俺はその場に立ち尽くしていた。
　

火野枝陽太
本日星読学園入学
・・・サクラサク？

end.

（Q）…陽太は星読きっての癒し系とわたしは思っている。いやマジで。