月とわらっ太くんと物差しと

 

 

 

 

 

 

火野枝月の言動は雪人にとって理解の範疇を越えていた。
彼女から出てくる言葉のほとんどがオカルトに関する知識なのだ。
 

 

 

 

椅子に座ったまま何やら考え込んでいる月を眺め、雪人は小さくため息をついた。
快活そうな大きくくりっとした瞳が天井をさまよっている。

腰まである黒髪はサイドの髪が短く切り揃えられている。いわゆる姫カットというやつだ。

青緑のブレザーに茶色のプリーツスカートという学校指定の制服をきちんと着ている(ちなみに雪人はワイシャツのボタンを二つ開け着くずしている。)。

学年ごとに違うリボンタイは2年であることを示すサーモンピンクだ。

 

 

一見すると和服が似合いそうな日本美人である。

 

 

そしてそんな月にはファンクラブなるものが存在する。

通称「火野枝様教」。
以前ファンクラブ会長である女生徒(信者)が月の後ろ姿を見つめうっとりと呟いた。
 

 

 

――立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。
その場にいた生徒の何割かが心の中でツッコんだであろう。
(喋らなければね!)
 

 

 

声を大にして言えないのが小市民の悲しいところだ。何せ狂信者は恐ろしい。というより集団化した女子の心理が恐ろしい。
一人では言えないことも皆が一緒なら・・・と、一人に対して集団でおしかけ騒ぎ立てる。

そして自分が正しいことを信じて疑わない。

 

何故なら「皆だってそう思っているから」だ。
 

もし月信者に彼女を否定するようなことを言えば、それが数十倍になって返ってくるであろう。ハッキリ言って自殺行為である。
昔の人は黙して語らずと黙っていることを美徳としたが、どうやらそれは現代にも密かに受け継がれているらしい。
 

 

 

 

「眉間にシワよってるわよ。どうしたの?って・・・私の話は聞いていたの?」

自分の問いに対して一向に反応を示さない雪人を怪訝に思い、月はゆっくりと立ち上がると雪人の顔を見上げた。

その瞳には不機嫌さが漂っている。
 

「・・・知るか。俺はお前みたいなオカルト好きじゃないんだよ。」
「でも呪いのわら人形の存在は知ってるでしょ?」
 

「・・・まぁな。」
雪人の呟きを聞いた瞬間月の瞳がキラリと光った。
 

「そう!オカルトの知識などなくても日本人なら誰もが一番に思い浮べるであろう呪術の定番、

ザ・わ〜ら〜に〜んぎょ〜う!!」
 

「・・・っ!」
何処からツッコミを入れてやろうかと身構えた雪人の顔が一瞬にして青ざめた。ペンペカペーンという効果音と同時に

ヤツは姿を現した。月がてぃ!と勢い良く振り上げた右手に握られた物体は異様な存在感を放っている。
顔と体のバランスがおかしく左へと傾いている。ハッキリ言って不恰好だ。
 

 

(・・・遂にこの時が!)

じりじりと後ずさっていた雪人の背中がトンと何かにぶつかった。本棚だ。もう後が無いことが分かると、

意を決したかのように月を睨み付けた。
 

「ヤるのか・・・!」
誰を!という言葉は恐ろしさのあまり声にはならなかった。
 

 

 

雪人の狼狽ぶりにおやっ?と首を傾げると月は右手に握り締めているわら人形をマジマジと見つめた。

そして今度は右手を前へと突き出した。
 

「やぁぼくわらっ太。」
喋った!
 

「よっしくね!」

 

 

 

 

「――腹話術するな!!てか名前をつけるな!何だその無意味な可愛い子ぶり!不気味だっつ―の!!」
「ヤるのかって聞いたのユッキーでしょ?」
「腹話術じゃねぇっっ!!つかユッキー言うな!」
 

「・・・ユッキーまさか私がわらっ太で誰かを呪うとでも思ってるの?」
「お前わざとだろ?って・・・違うのか?」
こくりと一つ頷くと月は呪いのわらっ太くんをぷらぷらさせた。
 

「あのね、呪いってのはハイリスクハイリターンなの。人を呪わば穴二つって言うでしょ?

あれは迷信でも何でもない。墓穴二つってこと。素人が迂闊に手を出していい物じゃないんだから。」
いつになく真剣に語る月の言葉を聞き落ち着きを取り戻した雪人は、改めて呪いのわらっ太くんへと目を向けた。
 

「ならどうして?」
雪人の疑問に何故か満面の笑みで月は答えた。
 

「拾ったのよ。」
「何処で!?」
「校舎裏の雑木林で。」
 

「何故校内!?神社じゃだろフツー!」
「さぁ?それは落とし主に聞いてみないと分かんないなぁ。」
月のその言葉に不穏な響きが含まれているのを雪人は聞き逃さなかった。
 

「・・・探すのか?」
「もちろん。呪いのわらっ太くんを親元へかえしてあげなきゃね?」
「職員室に届けるという選択肢はないのか?」
苦虫を噛み潰したような顔で反抗を試みる雪人を月はにっこりと切り捨てた。
 

「論外。」
予想どおりの答えに深いため息をつくとしょうがねぇなぁと小さく呟いた。

その呟きを聞くと月は満足気に微笑んだ。
 

「誰が何の目的で呪いのわらっ太くんを作ったのか。私はそれが知りたいの。」
「目的は呪術道具としてだろ?フツー。」
 

「・・・まぁフツーわね。でもそれはきっと真実ではないと思うのよ。」
「・・・?何がちが」
「あのぅ・・・先輩方」
 

 雪人の言葉を遮るように一人の女生徒が二人の間へと割って入ってきた。受け付けにいた図書委員だ。

彼女は困ったような申し訳ないような顔でおずおずと切り出した。
「図書室で騒がれては困るんです・・・。」
雪人と月は顔を見合わせるとポンと手を打った。
すっかり忘れていたのだ。ここが図書室であることを。
 

「ごめんなさい。もう出ていくから大丈夫よ。・・・っとその前にこいつに見覚えない?」
月が差し出した物を彼女は興味深そうに眺めた。
「これが呪いのわらっ太くんですか?」
どうやら二人の会話は筒抜けだったらしい。というよりも、静まり返っている部屋の中であれだけ騒いだのだから

聞こえてないほうがおかしい。
 

「私本物のわら人形初めて見ました〜。」
彼女の言葉は何故か楽しげだった。
(名前がいけないのか?)

 

「そう。ありがと。」
もうここに用は無いとばかりに月はすたすたと歩きだした。仕方なく雪人がそれに続いた。
図書室の扉に手を掛けた月の動きがピタリと止まる。

そういえば・・・、と突如回れ右をすると背後にいた雪人の顔をじぃっと覗き込んだ。
 

「言い忘れてた。」
不意を突かれて驚いた雪人はまたしても叫んでいた。

 

「何を!!?」
「何がフツーかを自分の物差しで測るなって事を。だってそうでしょ?何がフツーで何がフツーじゃないかなんて

人それぞれだもの。人によって物差しの長さは違うものなの。例えば・・・

ユッキーに視えるモノが私には視えないとか、ね?」
 

 

 

「――っ!!」
 

 

 

「ユッキーにとっては日常のことが私にとってはフツーじゃないのよ?この時点で私とユッキーの物差しの長さは違う。

つまりはそういうこと。」
月はにっこり微笑むと図書室の扉を開けた。
 

 

 

「部室に行こっか?・・・きっと優ちゃんがキレてるよ?」
「待ってるよじゃねぇのか・・・。」
 

 

 

 

「私の物差しではこれが正しいの。残念ながらね。」

図書室を後にした二人の足取りは重かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued...
 

(Q)・・・ユッキーがテンパってます。